今日も私はあの人を待つのだろう。何もない真っ暗な夢から覚め瞳をゆっくり開ける。
そしてまた思いを寄せても仕方がないと思いながらもこの小さな二階のから眺めるのだ。
ぼ〜っと外をみる。今日彼は来るのだろうか来ないのか。きっとまた私の身を案じていつものものを持ってくるに違いない。そんな時間がゆっくりと過ぎていく。
「待たせたのう。」
「わぁっ!!」
いきなりスープーと窓から飛び込んできた。心臓がバクバク言っている。これはあの人がいきなり入ってきたからなのかそれとも彼を想っているからなるものなのか・・
私には分からない。きっと後者なのかもしれない。どの道私には必要のない感情なのだから・・
「望ちゃん・・病人を殺すつもり?」
彼はすまんといいながらくつくつ笑いいつものものを私に手渡した。
「ほれ。薬だ。仙界から持ってきたものだからよく効くからのう。飲めばどんな病気も治すぞ。」
そういいながら切ない表情で明るく振舞う彼を何度見たのだろう。彼は知っている、私の寿命が後わずかだって事を。私のやつれた姿と発作を見れば一目瞭然だろう。自分でも分かるくらいなのだから・・
そんな私のところに薬を毎日持ってくるあなた・・人間界の薬よりも仙人界のもののほうがわずかながらに寿命を延ばすのだ。私には残酷にしか思えない。いつまでもこの苦しみとつき合うのだろうか。
「今日も元気なのね。望ちゃん」
「ああ。わしはいつも元気だぞ。おぬしも早く元気になれ。そしたら一緒にどこかへ遊びに行くとするかのう。」
こうして町の様子や彼の仲間などのたわいのない会話が続く。
もう限界。これ以上彼といてはいけない。私が虚しくなるだけ・・
「望ちゃん・・もう・・来ないで・・」
彼はいきなりでわかってなさそうだった。
「どうか・・お願いだから・・・これ以上私の醜い姿を見ないで。醜くしないで。」
私は懇願するように彼を見た。もしかしたら泣いていたかもしれない。
「・・。分った。おぬしがそう言うのならそうしようか・・」
彼はそう言うとスープーにまたがった。なんとなく横顔が悲しそうに見えたのは私の思い過ごしだろうか。
「やはりおぬしはわしのことを・・いやなんでもない。」
そういうと窓から飛び立っていった。
あっけない別れ・・。
彼の小さくなっていく姿を見ながら昔を思い出していた。
空が真っ青で暑い初夏の頃私は太公望の盾となる任命を受けた。彼を守ることだけが私の役目だった。私は道士だったけれども剣の腕でかなうものはなしと言われていた。
玉鼎様の刀を弾き飛ばしたときは十二仙がすごく唖然としてたなぁ・・天化君とナタク君ともよく訓練とか言いながら戦ったりしてあぁ懐かしい。思い出すと笑みがこぼれた。
始めはなぜ知らない人間の為に命を落とさなければならないのか疑問を抱いていたし、会ったことのない人間なはずなのに嫌いで仕方がなかった。
守られなければならないほど太公望という者は弱いのだろうか。仮にも封神計画を実行するものがそれでよいのだろうか・・
そんなことを思いながら私は人間界に降りたのだった。
それから後は彼の研究だった。毎日じ〜っと眺めていたりしていたので彼が何を見ておる!とか仕事がはかどらないなどとよく文句を言ってきたりした。
「見てはいけないの?」
というと恥ずかしそうにまたしぶしぶ自分の机に戻っていくのだ。
そしてやはり注目するところは戦闘だった。どんなときでも相手を守るために自分の身を犠牲にすることのできる人間なのだ。私はこういう人を見たことがない・・
やはり彼は世界に必要とされるべき人間なのだと納得した。疑った自分が馬鹿に見えてきた。それからは望ちゃんとは恋人同士のようなじゃないような微妙な関係になった。自分の心に誰かが入るのは好きではなかったが彼の場合は心地がよかった。お互いに一緒にいれば落ち着くもっとも信頼できるもの同士になったのだ。
望ちゃんはどう思っていたか知らないけれど私は彼に少なくとも彼に恋心を抱いていた。今こうして苦しんでいるのだから。
彼のためなら命を掛けよう・・望ちゃんには言えないけれど・・
「自分の命は誰かに掛けるものではない」
といって怒って拒否するはずだもの。それに元始天尊と十二仙と私だけの極秘だから
そんな決意をしてからある日のことだった。妖怪仙人と激しい戦闘が行われたのだ。
まさかこんなにもいきなり自分の任務を全うする日が来るとは思わなかった。
望ちゃんが倒した妖怪仙人が怨みの悲鳴を上げながら禍々しい色の呪詛の鱗粉を巻きだした。
「危ない!!」
私は一瞬で敵の間合いに入って即座に斬首し封神した。しかし遅かったのだ・・私は呪詛の鱗粉を吸い込み体中が犯される奇病にかかった。誰にも直すことのなどできない病。
始めは普通にしていたがとうとう隠すこともできなくなり戦闘にも出れずこの任務をおろされた。望ちゃん達が寝静まっている間に彼らの知らないところに逃げたつもりだった。
そして、故郷で私はゆっくり死を待っていた。いっそのことあの鱗粉を大量に吸えばすぐにでも封神台に向かえる事ができたのではないのだろうか・・と苦しみ疑問を抱いた。
そんな毎日を寝台で過ごしていたら、もう会うはずのないあの人が来たのだった。
「久しぶりだのう・・急にいなくなるから驚いたぞ。」
望ちゃんが優しく笑った。急すぎてひどく困惑したのを覚えている。そしてあの途方もない会話が続くのだ。その時にあの薬を私によこしたのである。どうして・・?
「仙界から貰ってきたものでのう・・よく効くらしい。毎日飲めば直ると」
(とうとう元始天尊様言ってしまったのね。)
彼がここに来た理由が分った。彼なりに私へ償いをしょうとしているのであろう。私は、彼に重いものを背負わしてしまった。それを知っていて私は望ちゃんに会いたいという感情の為だけに何も知らない振りをするのだ・・わたしはなんて浅ましいのだろう。彼の為に私は死ななくてはならないのに・・
「あ〜ぁ。私って馬鹿。 けほっけほっ・・」
涙が流れて仕方がなかった。
「これでいいんだよね・・望ちゃん。」
その夜私は発作が出た時以上に寝付くことができなかった。彼は私が怨んでいると勘違いしていると思うとそれだけは絶対に嫌だった。想っても仕方がない感情を抱きながら未練を残しながら死ぬのも嫌だった。
また、罪滅ぼしで彼が会いに来てくれたように私も彼に会うべきではないのか・・もう後わずかしかない。
けほっけほっ・・ごほっ・・
もうほとんど動かなくなった体を寝台の手すりを支えにしてゆっくりと立つ。激しい動悸がする。でもいかなくてはならないから。これくらいで弱音ははかないよ、望ちゃん・・
あなたに背負わしてしまったものから解放させてあげるまでは・・
ゆっくりと歩く・・壁やいろいろなものに這い蹲るようにゆっくりとゆっくりと進んだ。
もう夜中なので誰もいない。町の明かりもなかった。でも道が明るいのは美しい星たちが早く行けとでも言わんばかりに道を照らすからだった。
いつだろう外の空気を吸ったのは・・懐かしい。
遠い昔望ちゃんと過ごした豊邑の地の記憶を頼りに目指していく・・
はぁっ・・はぁっ・・
苦しくて息が上がる。まだまだ道はあるのに・・
動け・・私っ!!
こんなにも私が根性だしたのは始めてだなぁとしみじみおもった。もっと昔にきちんと怠けないで努力すればいろんなことができたのかなぁと自負してく すくす笑った。
少しだけ元気が出てきた気がした。最後の望ちゃんの薬が効いたのか・・
そして私は奇跡を起こした。豊邑の地の境まで来たのである。
「望ちゃん・・もうすぐ・・どこなの」
あぁ倒れる。ふらりとした。だが倒れない・・誰かが支えてくれたみたいだ。
「おい。嬢ちゃん。大丈夫かぁ?顔色が優れないみたいだが」
私は彼を見た。武人ではないのだろうか。体つきでなんとなく分った。きっと武人なら知っているだろう。
「太公望師叔を知りませんか。時間がないんです。会わせてもらえませんか・・お願いします・・けほっ」
私の状態を見て何かを察したらしく待ってろというと急いで馬で駆けていった。
お願い・・早く・・
私は近くの木にもたれて待った。あのひとは太公望を探してくれているのだろうか。
意識が朦朧とする中で声がした。
「おぬし!!」
彼が遠くから駆け寄ってくる。あぁ嬉しい。涙が止まらない・・
「南宮活が慌ててきたので何かと思えば・・なぜ、来たっ!!おぬしは休んでないと・・」
あの武人は、南宮活というのか。いつか会う事ができるのならばお礼をぜひ言いたい。そして私は言葉をさえぎった。
「今度は私から会いに来たよ。」
今まで生きてきて一番優しく笑えた気がする。その姿を見て太公望はが最期に力を振り絞ってきてくれたのだと思うと涙が出そうで仕方がなかった・・
(わしはなんと罪深いのだろう)
「望ちゃんは何も悪くないよ。あなたは私の事を罪だと思って背負う必要なんてないの。私はあなたと出会えて本当によかった・・怨んでなんかいないよ。私はあの任務につけて本当によかった。たくさんの感情をあなたから学んだ・・ごほっけほっ。」
望ちゃんは私を抱き支え胸にうずくまり静かに言った。
「わしは、罪滅ぼしだと思いおぬしに薬を与え少しでも長生きするようにした。が死ないでいてくれればわしのせいで死んだとおもわなくてすむとさえおもった。そんな汚い感情でおぬしにずっと会っていたのだ」
でも、と太公望は声を荒げた。珍しかった。
「それ以上に・・それ以上にっ・・わしはおぬしがいなくなるのが怖いのだ。いきなりが消えたときはもう苦しくて辛くて何もできなかった。そして元始天尊様に問いただしあの任務を聞いた。頭の中が真っ白になったのう・・逢ってはならぬと想いながらも逢いたかった。無理やりに な・・」
彼は、私の体に抱きついて体をうずくませていたが顔を上げて静かに言った。
「わしは、おぬしが生きて側にいてくれるのなら何だってする・・罪滅ぼしだろうがなんだろうががわしの側にいて笑ってくれるのなら罪人にでも何にでもなってみせる。おぬしがわしに命を懸けたようにわしも・・」
その潤んだ目と声には熱い心の奥底から湧き上がる決意が感じられた。
「それじゃあ・・私とおんなじ・・ふふっ。私は十分幸せだったよ。確かに望ちゃんといられたらどんなにいいかなぁとか思ったりしたけどね・・けほっ。」
彼女は笑いながらそういった。発作で吐血してぬれた唇や衣類がもうあとわずかな時間しかないことを物語っている。
は死ぬことが怖くないのだろうか・・太公望は思った。
「なぜ笑っていられる・・、おぬしは死が怖くないのか・・」
二人の間に沈黙がながれる。がしずかに沈黙を破る・・
「どうしてそんなことを聞くの?分らない・・?」
だんだんと彼女は声を荒げる
「怖いよ・・怖いに決まってるじゃない!!もう逢えなくなっちゃ うんだよっ!!だから私は、あなたが償うために会いにきてくれることを知っていて利用してたのにっ・
あなたが苦しんでも会いたいと思った・・醜いでしょう・・?私の感情・・」
「そんなことあるかっ!!おぬしは美しい。わしのことなどいくらでも利用すればよい・・だから っ・・」
二人の激しい息遣いが聞こえる。
「もう時間がないよ・・望ちゃん・・人は、やはり脆いものなのね・・。戦姫といわれた私でもこんな結末だもの・・」
太公望は抱き上げていた腕に更に力がこもる。
「亜月になら泣き顔でもなんでもみられてよい!!逝く なっ!!逝かないでくれ!!好きだっ!!だから・・」
虚ろいでいく彼女・・
今日は本当に珍しい・・見たことのない望ちゃんがたくさん見られる。
「泣かないでよ・・望ちゃん・・。最期にキスしてもいい?」
そういうとは太公望に口付けた。最期の甘く切なく悲しい時間・・
「望ちゃん、自分の任務を全うして・・あなたなら必ずできる・・あなたは世界をあるべく姿に導くことができるひとだもの・・約束。いつかきっと会えるから・・好きだよ望ちゃん・・ありがとう。」
は目をゆっくりと瞑りこの世界から意識を手放した・・
「っ!!っ!!返事をするのだ!!いつものように笑って見せ
ろ!!」
呼びかけても返事などするはずがなかった。彼女の体が薄くなっていく・・そして美しい魂魄体が封神台を目指して一直線に飛んでいった。
「わしは、本当におぬしが好きでっ・・一緒にいたかった・・運命は残酷だの う・・」
その場に座り込み空を太公望はぼんやり眺めた・・
そして、数年がたった。もう涙は枯れ果てた。今日も彼女の好きだった場所に好きな花を添える。蝦夷菊の花・・
「わしはちゃんと約束を果たすからのう。見ておれ」
太公望はそう言いゆっくりと去っていく。
太公望とがもう一度めぐり合うのは封神台が解放される時・・
まだもう少し先の話である。